よくある音楽ビジネス本かと思ったら予想外の良書であった。著者は若手の音楽プロデューサー(同名の現代美術作家―しばしば音楽をモチーフにしている―もいるけど別人だよね?)で、修士論文が元になったものということで足腰のしっかりした音楽産業論になっている(もちろん視点にカルスタ的なものはないが)。しばしば言われる国内メジャーレコード会社の音楽配信への参入失敗のメカニズムを、音楽制作現場の知識を背景にしながら、イノベーションのジレンマ理論(クリステンセン)に基づいてしっかりと検証するだけでなく、その延長線上にある音楽産業の構造変化についての予測と提案を行っている。クセック&レオナルト「デジタル音楽の行方」のやや楽天的な(というか文明論的な)音楽産業未来予想ほどの派手さとキャッチーさはないのだが、そのことが逆に本書の(とりわけ日本の状況についての)説得性を高めているようにも思う。おすすめ。

考える耳 記憶の場、批評の眼

考える耳 記憶の場、批評の眼

これも予想外の良書であった(笑)といっておこう。師匠の新刊ですので。毎日新聞連載をまとめた時評集だが、まえがきにもあるとおり「音楽時評」のイメージの転覆を目論む野心的な?一冊。音楽時評が「作品(演奏)批評」と同置されてしまうことに苛立つ師匠の多方面戦略は校歌からソノシート、伝統文化としての鼓笛隊から替え歌と著作権の関係にまで幅広い。コラム末尾が左派的社会批判で締められることが多いのが(気弱な(笑))民主主義者としての渡辺せんせの人柄をよく表していると思いました。ともあれご恵投賜りありがとうございました。