単著させたらすごいですよ

〈盗作〉の文学史

〈盗作〉の文学史

待望の栗原さんの単著(笑)は500ページに迫る大著だけどおなじみ著者一流の文章で爆笑しながらすいすい読め、かつ文芸の盗作事件に関する基礎資料としても必携の一冊。ああもうここ見てるような人なら絶対面白いから買え読め、で終わるんだけど、個人的には(1)著作権侵害と盗作はあくまでも別の問題圏である(2)文学というメディアがもつ事実―記録―作品の間の位相差が「盗作」事件を呼び込む構造、のふたつを明示したのがポイントだと思う。
(1)「作家のモラルという美学的問題」を「経済的利害の問題」にそのままつないでしまう困った制度が著作権なのだが、そもそも書籍出版の経済システムと作家の(人格権を含む)芸術的価値規範は歴史的にも構造的にも別のものと考える方がうまくいくのであって、両者を重ねて論じたり断罪したりするのは間違っている、とはっきり示す本書のスタンスによって、いろんな問題がクリアになってくる(例えば、法的には無意味な「無断引用」という語彙がなぜいまだに使われるか、という問いにこれほど鮮やかに答えた議論はないだろう)。ここから駄弁。美学的な価値と経済的価値を制度が密着させてしまうことから起因する問題とその処理、というテーマは、たんに著作権に限らず、敷衍すればワーキングプア問題みたいなとこにも繋がってくる。職業がもつ経済的次元と尊厳の次元を分離したまま安定させるにはどうするか、みたいな文脈にも接続可能なのかもしれない。ここまで駄弁。
(2)本書で取り上げられる盗作事例の多くは、歴史的事件(事実)を記録した資料(記録)をもとに文学作品(作品)をつくったことからくるケースに当てはまる。これは映画とかマンガとか、あるいは絵画でも当てはまるかもしれないが、事実を作品化することと記録を作品化することの位相の違いは、そこに「人の仕事」がテクストのかたちになって事前に存するかどうかに還元されるのかもしれない。だが、例えばある事件が「人の仕事work」でないことはないだろう(そこからプライバシー権あるいはパブリシティ権著作権と近接する隘路が生じる)。われわれはしばしば著作権を「作品=人の仕事」を安定した物的財に収斂させるシステムとして疑わないが、記録文学をめぐる盗作事件事例は、その「人の仕事」の領域が著作権の制度的範囲を超えてわれわれのモラルの圏内へと流入してくる瞬間を数多く捉えていると思う。
なんにせよ今夏一番のお薦め。ペンディングにしているパクリ本執筆を「やー栗原さんの大著が出たら着手しますんで」と延ばし延ばしにしていたのだがもう逃げられない。この本パクらせてもらってなんとか書きますわ(笑)